はじめに
大規模言語モデル(LLM)の進化により、私たちがAIとやりとりできる幅は急速に広がっています。特に最近では、「Chain of Thought」(思考プロセスの連鎖) と呼ばれるプロンプトデザイン手法が注目を集めています。これは、複雑な問題を解く際に「途中の考え方」や「理由づけ」を明示的に出力させることで、より正確な回答を得たり、モデルの思考過程を可視化することを目的としたテクニックです。
本記事では、インターネットで得られる情報を加えながら、「Chain of Thought」がどのように機能し、どのように活用すると効果的なのかを分かりやすく解説します。数式を伴うタスクや論理的推論、ステップが複数にわたる手順などで「Chain of Thought」がどのように役立つのか、そのメリットや具体例を交えて紹介していきます。
Chain of Thought(思考プロセスの連鎖)とは?
AIに「途中経過」を語らせる手法
多くの対話型AIや大規模言語モデルは、ユーザーからの問いかけに対して「最終的な答え」だけを返すのが一般的です。たとえば算数の問題を解くとき、人間ならば「途中式」や「計算の根拠」を示しつつ最終回答を導きますが、AIの場合はそのプロセスを隠してしまうことが多いのです。
「Chain of Thought」は、この**「途中の思考プロセス」**を明示的に文章として出力するようにAIに促すテクニックです。具体的には、問題に取り組む手順をステップ・バイ・ステップで書かせ、どのように結論に至ったのかを可視化することを目的としています。
従来との違い
- 従来型(通常のプロンプト):
ユーザー: 「5本のリンゴが入った袋が2つ、3本のリンゴが入った袋が1つあります。リンゴの合計は何本ですか?」
AI: 「13本です。」 - Chain of Thought プロンプト例:
ユーザー: 「5本のリンゴが入った袋が2つ、3本のリンゴが入った袋が1つあります。リンゴの合計は何本ですか?途中の計算ステップもすべて書き出してください。」
AI: 「まず、5本入りの袋が2つなので5×2=10本です。さらに3本入りの袋が1つで3本があります。合計は10+3=13本です。従って答えは13本となります。」
このように、「途中経過」を書き出させることでAIがどんな推論を経たのかを確認したり、答えが合っているかどうかを見極めやすくしたりできます。
なぜChain of Thoughtが重要なのか
エラーの発見と修正が容易
複雑な質問に対してAIが答えを出す際、「最終結果が間違っているとき、どのステップで間違ったのか」を見つけたいケースが多々あります。Chain of Thoughtを使えば、AIの「途中計算」や「論理展開」を可視化できるため、どの箇所で論理が飛躍しているか、または計算ミスがあるかを把握しやすくなります。
ユーザーの安心感・理解促進
特に教育分野や専門領域(医療、法律など)では、「なぜその回答に至ったのか」を説明することが大変重要です。人間の教師が数学の解き方を段階的に示すように、AIにもChain of Thoughtを求めることで学習者の理解を深めたり、専門家が判断を補う材料とできたりするのです。
複雑な推論やステップに強い
AIが複数の要素を組み合わせて推論するタスク—たとえば長い文章要約、因果関係の推測、複数ステップの命令実行など—では、Chain of Thoughtが特に有効です。「途中の思考を分割して書き出す」ことで、AI自身が論理的なステップを踏みやすくなり、結果的に回答の質や一貫性が向上すると言われています。
Chain of Thoughtの具体的な使い方
プロンプト内で「考え方を説明するように指示する」
もっとも直接的な方法は、プロンプトに次のように明示することです。
「あなたが問題を解く過程をすべて文章で示してください。途中で考えた仮定や計算式、ステップごとの結論も含めて書いてください。」
AIはこれを受け取り、「最終的な答え」と「その答えに至る思考プロセス」を両方出力しようと試みます。
例:算数問題
- ユーザー
「あるクラスの生徒数は合計で30人です。男子生徒と女子生徒の比率は2:1です。それぞれ男子と女子は何人ずついますか?考え方を段階的に説明してください。」 - AI(Chain of Thought付き)
- 「まず、比率2:1は、男子2に対して女子1の割合を意味する。
- 合計を3つの“比率の単位”に分割すると、男子が2単位、女子が1単位である。
- 合計30人を3単位で割れば、1単位あたり10人となる。
- 従って男子は2単位×10人=20人、女子は1単位×10人=10人。
- 結果として男子20人、女子10人になる。
- よって答えは『男子20人、女子10人』。」
これがChain of Thoughtを用いた回答例です。どのステップでどんな計算や推論を行ったかが可視化され、答えだけでなく道筋まで確認できます。
「理由を述べて」あるいは「ステップごとに」と追加表現をする
AIにとっては、「思考プロセスを詳細に書く」という行為は通常の回答と異なるため、プロンプトの中で強調しておくと効果的です。「理由を述べてください」「途中の計算式や思考の流れをステップごとに書いてください」など、具体的な言葉が有効です。
例:文章要約タスク
- ユーザー
「次のニュース記事を要約してください。なお、要約に至る考え方をステップごとに示してください。たとえば‘記事を読んでピックアップした主要ポイント’ → ‘不要な文脈’ → ‘最終的な要約’という手順でお願いします。」 - AI(Chain of Thought付き)
- 「【主要ポイントの抽出】~記事中の重要なセンテンスを引用して……
- 【不要な文脈の除外】~時系列や重複する情報を省いて……
- 【最終的な要約】~(ここで短い要約を提示)」
このように手順を区切る形で思考過程を示すことで、要約の根拠がわかりやすくなります。
ユースケース別にヒントを与える
Chain of Thoughtを適用するタスクは幅広いですが、以下の例のように目的に応じてヒントを織り交ぜると、よりスムーズにAIが思考プロセスを出してくれることがあります。
- 数式問題の場合
「計算式をすべて書き出して、次のステップに進む理由を説明してください。」 - プログラミング関連の場合
「コードを段階的に生成し、なぜそのコードが必要かをコメントで説明してください。」 - 論理パズル・推論系
「複数の仮説を立てて、それぞれの妥当性を比較検討する過程を書き出してください。」
Chain of Thoughtのメリットとデメリット
メリット
- 精度向上:
AIが「途中の思考」を書き出すように指示されると、結果的に回答の正確さや一貫性が上がるケースがあります。これはモデルが自分の推論を言語化する際に、矛盾点や計算ミスをある程度補正する効果があるためだと考えられています。 - 可視化による安心感:
特にユーザーがAIを信頼できるかどうかは、「どんなロジックで答えたのか」が見えるかどうかに大きく左右されます。Chain of Thoughtは、ユーザーがモデルの思考を垣間見る手段として機能します。 - 学習用途の拡張:
教育現場では、Chain of Thoughtを使ってAIが論理的思考を段階的に示すことで、生徒の理解や思考プロセスの養成に役立つと期待されています。AIを「回答のみ返すブラックボックス」ではなく、「思考をナビゲートしてくれるツール」として活用できるわけです。
デメリット・懸念
- 回答速度の低下:
AIに長文の思考過程を生成させるため、処理に時間がかかる場合があります。また、出力も長くなるため、トークン数の制限を圧迫するおそれがあります。 - 思考過程の信頼性:
Chain of Thoughtで得られる「途中の考え方」は、実際にはモデルが後づけで合理化している可能性もあり、常に真の論理的ステップとは限りません。あくまで「言語モデルが一貫して説明している内容」であり、そこに誤情報や飛躍が含まれる場合もあります。 - セキュリティとプライバシー:
非常に詳細な思考過程を出力する際、機密情報や不要な個人情報を誤って含めてしまうリスクもゼロではありません。企業の内部情報や個人のセンシティブなデータを扱うときは、Chain of Thoughtをどこまで公開するか検討する必要があります。
Chain of Thoughtを活用する際のベストプラクティス
シンプルなステップ分割
計算問題や論理問題をChain of Thoughtで扱うときは、「1. 前提の確認 → 2. 計算式の提示 → 3. 部分的な結果 → 4. 結論の導出」など、あらかじめステップの大枠を定めておくとAIが出力しやすくなります。
適切な言葉選び
「思考プロセスを書いてください」「途中の計算ステップも見せてください」のような文言をストレートに使うのが有効です。また、必要に応じて「例:~という順序で考えを進めてみてください」と例示すると、より正確なChain of Thoughtを得やすいです。
長文タスクでの注意
Chain of Thoughtを用いると、出力テキスト量が膨大になる場合があります。チャットやAPIのトークン制限を意識し、あまりにも長いテキストが出力されないように「理由を簡潔に述べて」といった制御語句を活用するとよいでしょう。
バランスの取り方
「途中の思考をすべて書いて」と指示すると、本当に大量の文章が返ってくる場合があります。ユーザーによってはそれが煩雑に感じられるかもしれません。プロダクト設計上、「Chain of Thought」はユーザーのニーズに合わせて省略表示するなど、UI/UX面での配慮も重要です。
具体的な応用例
応用例1:数学教育ツール
オンライン学習プラットフォームで、学生が問題を解いたあとにAIが解説を提示する場合、Chain of Thoughtは大活躍します。学生は間違った答えだけでなく、どんな式変形や思考の飛躍があったのかを逐一確認できるため、学習効果が高まります。
応用例2:コーディングアシスタント
プログラミングのバグ修正やコード生成を依頼するとき、「なぜこのコードを書いたのか」「なぜこのアルゴリズムを選んだのか」をChain of Thoughtとして解説してもらえば、開発者はAIの提案を理解しやすくなります。結果的に、AIの提案を取り入れるかどうかの判断が容易になるでしょう。
応用例3:長文要約や校正支援
ニュース記事や学術論文を要約するとき、「どの要素が主要ポイントなのか」「なぜそれらを選んだのか」をChain of Thoughtで示すことで、要約の根拠がより透明になります。校正タスクでも、「この文法や表現を変更した理由」を説明させることで、利用者は修正内容を納得しやすくなるでしょう。
今後の展望:Chain of Thoughtと高度な推論
Chain of Thoughtはまだ新しいトレンドではありますが、今後さらに多くの応用シーンが予想されます。たとえば、AIが複数の情報源を照合しながら事実を確認するファクトチェックや、ビジネスでの意思決定を支援するコンサルティング的な役割などにも応用が広がるでしょう。
一方で、先述したように「モデルが出力する思考プロセスは、必ずしも真の内部推論を正確に反映していない」可能性もあります。最終的には、モデル評価や安全性への配慮、そしてユーザーリテラシーの向上がセットで進むことが、Chain of Thoughtの健全な発展と利用につながると考えられています。
まとめ
**「Chain of Thought」(思考プロセスの連鎖)**は、AIに問題解決の道筋や論理的ステップを明示させることで、回答の精度向上や理解度アップを期待できるプロンプトテクニックです。算数問題、長文要約、プログラミング支援、論理パズルなど、さまざまな分野で活用価値が高まっています。
- メリット:
- エラーの発見・修正が容易
- ユーザーの安心感や理解促進
- 複雑推論やステップが必要なタスクで効果を発揮
- デメリット:
- 出力が長くなる、処理速度やトークン消費の増大
- 思考過程が必ずしも正しいとは限らない(整合性の問題)
- セキュリティ・プライバシーのリスク
実際にChain of Thoughtを試すときは、プロンプトで「途中のステップをすべて書いてください」「なぜその結論に至ったか解説してください」などと指示するだけで、AIは驚くほど丁寧に思考プロセスを出力してくれる場合があります。教育やビジネス、研究など多岐にわたる領域で、この技術がもたらすインパクトは非常に大きいと言えるでしょう。
Chain of Thoughtがさらに普及し、AIとのコミュニケーションがより「説明可能」で「透明性の高い」ものになれば、私たちの暮らしや産業、学習体験は大きく変わっていくはずです。ぜひ自分のプロジェクトや学習に取り入れてみて、AIの新たな一面を体験してみてください。